プロフィール(長文です。。)

とある2つの理由からプロフィールを作ることを考えました。

その理由は
・約150人の共同経営者のような深いつながりのある友達を作ろうと思っていること
・NPOを全面的に出すと、どうも悪い印象を持たれる方が多いこと

そういうわけで、私はこんな道を歩んできましたということをつらつら書きます。
もちろん、出会った人ともれなく友達になれるわけでもなく、(仮にこんなことを公表することで私を不快に思う人もいるかもしれませんが、)共感する人たちを見つけたいとの思いから。
なんか自分で読み返してみて、痛いなって気がするけど、けど公開する。
写真なんかもPCから探して少し公開します。

2年間の就職期

大学時代はほとんど学校にいかず、バイトと車にハマっていました。
仲間とともに首都高環状線に夜な夜な行っていたのを思い出します。ルーレット族と後に言われたやつですね。
就職活動はほぼ1社目で内定。面接で熱くなり、やりたいことを我を忘れるくらい語ったのを覚えています。
卒業単位が足りず、教授に直談判して単位をもらいに行きました。なんと授業も1回も出ず、テストも受けずに単位をくれた教授もいました。
卒業旅行でタイに行って、これからの就職人生についてブルーになったのを覚えています。
ちょっとグレーな内容ですね。。相当昔の話なので、、、

就職後、技術企画部という名のわりと希望するような部署にいたのですが、2年で退社。
このころは、自分でサービスを始めたかったのと、サイバーエージェントとかオンザエッジなんかも出てきて居ても立ってもいられない状態になりました。
単純に朝早起きして終電近くまで仕事をしていることや、職場の人間関係にも疲れてもいました。

当時の車の一つ。時代を感じる。。

独立というか無職

会社をやめて、翌日、空がとても青かったのを覚えています。
就職していた時は気にも止めませんでした。
自分で始めたかったサービスは、システムは自力で構築できていたのですが、何から始めていいのかわからず、放置状態でした。
今思えばとにかく経験不足です。というか、ネットの世界もそこまで整っていませんでした。
当時は会社を作るとかそんな発想すらありません。

ちょっとした依頼でWEB制作をしたり、この頃はまっていたのは転売です。
ネット上ではそういった人たちは転売ヤーと呼ばれていました。
当時利幅が大きかったのが、私の知る限りナイキ、ヘッドポーター、HEM、ナンバーナインとかでした。おそらくバイヤーの人たちだと懐かしい単語だと思います。
ちなみに、ナイキは発売日にナイキショップめぐり、ヘッドポーターは発売日に電話注文。HEMは代官山に行列ができているのをスルーして渋谷ナノユニバースの前に車をベタ付して何往復もしました。ナンバーナインは夜中に車で行って整理券とかですね。
「並び」という、ホームレスに並ばせる行為も始まっていました。

タイに行って買い付けるなんてこともやってました。こちらはコピー品すれすれのものですね。

ファミリーセールにも行っていたので、セールの情報とチケットを売買するファミリーセール情報サイトを作っていました。
これが、2CHのバーゲン板で毎回サイトのスレッドが1番目にくるくらい叩かれていました。
他の転売ヤーから見たら、どうしても放置できなかったんだと思います。
サイトもかなり荒らされたり、投稿された情報を2CHにコピペされたり、会員制にもしたのですが、どんなことをしても入り込み邪魔したい人たちがいたんだと思います。

こんなのがプレミア価格で取引されていた。

友人と会社経営

その後、とある友人から請け負ったWEB制作案件をタイで作り上げて、そのままその会社のメンバーに。
5人でやってた会社で、デザイナーやクリエイターのサポートというかなり良いことをしていたのですが、売上が上がらず、企画屋集団になっていきました。
まあ、最初から企画屋集団でしが、、
ディズニーライセンスのネット限定週替りTシャツとか著名人とのコラボTシャツなど。
いろんなファッション誌に取り上げてもらいました。モノマガジンに見開き5ページくらいの特集を組んでもらったりとか。
事務所も西新宿の和室から千駄ヶ谷のオフィスビルへ。
こちらはかなり利益もでたのですが、分配に問題があってそうそうに離脱。
今でも一部メンバーとはいい関係です。私的には全員WELCOMEですが、、

どこだかのカフェをジャックして展示会。原宿、代官山、青山あたりのお店でやらせてもらいました。店頭販売はナシで今考えれば強気だなぁ。

フリー生活

この頃はまっていたのが、リネージュ(オンラインゲーム)。とオンラインでの転売。
オンライン転売は、ほぼオークファンと同等のシステムを自分で構築しました。
ヤフオクをひたすらクロールして落札金額をひたすらDBに保存するような。
途中、オークファンの存在を知ったのですが、彼らは公開していて、私は非公開だったのが良くないですね。
データは公開するべきだと今なら思います。(マネタイズは後でも)
そのシステムは(今なら公開しますが、)ひたすらヤフオクの新規出品をクロールして、適正価格のDBより1万くらい安い即決出品があると携帯にメールで知らせてくれるというもの。
もちろんいろんなフィルタリングは仕込んであります。
結構いるんですよ。「昨日MAC買いましたが自分には合いませんので格安出品します。」といって購入価格の半額とかで即決とかの人が。
もちろんこのMACの単語には携帯とかオーディオ製品なんかも入ります。

当時はオークション詐欺やチャリンカーも多かったので、それらの回避のチェックマニュアルを作り、いくつかチェックして落札。
およそ出品開始から5分が勝負です。10分たつと誰かが落札します。

というわけで、1日3品程度落札し、昼着にして、その後はずっとリネージュという生活をしてました。あ、この頃結婚もしました。

起業準備

家族から、これでは先がないから就職しろ命令がでてきたのですが、どうしても就職は避けたいため、会社を作ることに。(何をしてるか説明をしてないのも原因ですが、ゲームをやってる毎日を説明する気もおこらず、、)
何かするとしたら企画(一発屋みたいな意味で)が大変な思いをしたこともあり、手間請けのような着実で地道なことをしたいと思っていました。
会社の名目は、リネージュのアイテムを現金化するいわゆるRMT(リアルマネートレード)と呼ばれるものです。そんなわけで、定款には「オンライン通貨の換金業務」と書きました。
2番めに「WEB制作」。
まあ、その他たくさん書いてはありますが、、
日本で友達の中国人にリネージュを教えたところ、数ヶ月で無茶苦茶レベルアップしてたんです。というかオンラインゲームの強い人達の多くは中国人と韓国人。
彼らは完全にアイテムのためだけにゲームをしています。RMTですね。
これを中国に行って中国人と徒党を組んでやりたかった。

その頃、即決落札にライバルが現れ、私か彼?のどちらかが落札するという状態が続きます。もちろん、利幅を下げれば商品は一気に増えるのですが、そうなると出品も面倒で、、

今後ライバルは増えてく一方だろうと、数ヶ月の中国進出の視察という名の旅にでます。
最初は上海、四川省(成都、九寨溝とか楽山も行く)、雲南省(昆明、大里、麗江)、広州(広州、深セン)、香港で、上海に戻るということをしました。
候補は深センと決めましたが、いざ進出前に反日問題であれこれあり、結局行ったことのない大連へ。大連は親日なんです。

大連では、のんびりネットゲームの準備を始めようとしてましたが、直接のゲーム接続は規制されてるし、当時からVPNの知識はあったのでそれを使うも接続速度が遅すぎる。
5星ホテルとかも試したけど、当時は全然ダメした。(専用線だったらできたのかなぁ。)

ゲーム系は何もできないので、1年後にWEB制作会社を中国で始めます。

始まりの事務所。従業員は書店で声をかけたバイトが1名のみ。

起業

大連で始めたWEB制作が当時のオフショアの先駆け?となってとてもいい感じで行けました。
従業員は25人くらいになったと思います。(大した数ではないですが、、)

月に30サイト以上を納品し、数年で制作サイト数1,000をオーバーしました。
当時はSEOにもかなり興味があり、製作依頼はすべてオーガニック検索からのものでした。

途中、カフェバーを作ったり(飽きて2年でやめました。)、音楽イベントをやったり余裕ありまくりでした。
一度○○生命の大きな案件を受注して、あまりの量に飛び降りたくなった日々もありました。
2度と有名な会社さんの仕事は受けないと決めました。

けど、やっぱり私自身が飽きていたこともあり、中国のジワジワ来る物価高や新しい会社にはなかなか抵抗できず今はギリギリ回っている状態です。周りでは撤退も相次いでいます。
トップの私が現場から離れてしまっているのも、問題でしょう。

大連でやっていたイベント。

同じくカフェ。

現在から未来へ

それでも新しいことをしたい一環でNPO法人の立ち上げ。

新事業として、中国輸出と輸入も行っております。
ある特殊なコンセプトでやっていますので、競争が起きるのを避けるためコンセプトはここでは非公開で。

この歳になると、周りでは数名の成功者(年収億近いと思います)も出始め、逆に多くの実家に帰る人たちをみたりして、この資本主義経済社会にはこれ以上深く参加したいと思わなくなりました。
私の資本主義経済社会のイメージは、一部の成功者に大多数が搾取されるような構造(中国でいうとBMW一台の後ろに満員のバスが数台みたいな)。競争すればするほど、平均速度が早くなるマラソンみたいなイメージです。表彰台の数は増えません。しかも後進国からランナーは増える一方だし、自己啓発本等のマニュアルや勉強会などのおかげで、より強いアスリートが増えるばかりです。
ゼロサムゲームでは、勝ち取った何かの影には奪われた人が存在しますね。
これがビジネスの世界。(私の中では、、)
私は、正直就職から逃げているだけで、経営者には向いていません。

さらに昔と違うのは、前は良かったのですが、今では一人でやるのは寂しいです。いくつかビジネスアイデアはあるのですが、自分で考え自分で実行するには、今はもう寂しすぎます。
自分のために、自分一人で頑張るモチベーションが湧いてきません。
この変化は自分でもびっくりです。
何人かの人たちと議論しつつ、行動したいです。そのほうが楽しいし、失敗に終わってしまった過去の共同経営も今思えば充実してました。
1個10万とかの副収入だったら、いろんな負担やコストも少なくいいじゃないですか。
10万円とかって企業が成り立たないので、競争も生まれない世界。
個人の人たちもライバルになりますが、何年もやり続ける人は多くはありません。
私は、それをたくさんつくりたいと思っています。
そして、いつか変わりつつある評価経済社会になったとき、相互に信頼し合える仲間を作りたい。
具体的には、各都道府県に4人程度。4X47=188。少なく見積もって合計150人。
もしろん、そこの出身者であれば海外組も大歓迎。
この150人全員が相互に仲間と呼ばれる世界を作りたいです。

その他

その他に書こうと思っていることは、ただの私の考え方です。共感しなくていいと思います。人はみんな違う価値観があるところがすばらしいのですから。けど、書いておきます。
議論がある人はリアルで会った時に語りましょう。けど、平行線でもいいと思います。多様性が面白いのであって価値観は共有する必要は無いかと思います。

ビジネス感(資本主義経済社会から脱却し、評価経済社会へ)
産業革命以降約200年かけて発達したビジネスはすでに成熟し、正しい方法があると思います。教科書みたいなものですかね。
お客様に感動をとか、企業の理念の共有とか、なんとかカーブとか多岐にわたります。
やはりこれらを学び実践するのが正しいし、成長できると思います。先人の知恵ですね。
逆に言うと、学んだ結果、同じ方法をリピートし続け、またほぼすべての企業がリピートし合ってるように感じます。
彼らにはさらにより多くをつかむため、組織全体の自己啓発も必要です。(ほとんどの成功者は自己啓発なんかをしなくても、もともとモチベーションにみなぎっていますが。)
もちろん、一部のジョブスとかザッカーバーグなんかの一握りのカリスマは例外です。
また、アフィリエイターやブロガー等の組織必要ない新しいカタチも例外ですね。
この例外に含まれない人は、やはり「成功者の告白」のように多かれ少なかれ同じような人生を歩むのではないかと思います。
通常のビジネスの世界では、成功の度合いが大きいほど家族と疎遠になり、苦しくなるほど家族と密になるというのはかなり当てはまると思います。
こんな世界から脱却し、自然に生きたいと思うのです。もちろん、何かしらの収入を得るために活動しなくてはなりませんが、わざわざマラソンに参加する道を選びたくないのです。

シェア

流行っている言葉の一つではありますが、これがとても私にマッチしていると感じています。
制作が調子いい時でも、私は生活に必要な分だけ会社から抜いて使い(中国ならではですね。グレーです。)、当時の日本人のスタッフには70万円を超える給料を払ったこともあります。
苦しい時でも、なんとかして手取り最低20万円は死守してあげたいと考えています。(中国の現地採用相場からしたらいい方だと思います。)
この考えは企業体で見ると少数派だし、いいことだとは思っていません。
苦しくなった時に共に耐えられればいいのですが、そんな時にはきっとそうはならないでしょう。
危機的状況になった時に会社に留保があれば、より長く耐えられるし、トップがかなり貰っている場合では、そのトップはかなりのお金を使いながらより発展に繋がる結果を作っているケースを何人も見てきました。
けど、私の場合、利益が出ているからといって、過度の内部留保や必要以上の報酬を受け取ることもどうしても気持ちがいいものではありません。やっぱり経営者に向いてない部分と思います。
そんなことを考えると、組織よりもパートナーがあっているんだと思います。この場合必要以上の利益があってもシェアだったら気持ちがいいですからね。
シェアが根底にある、喜びも苦しみも共にできる(なんて大げさな)、仲間づくりがやはり今したいことです。

遺伝子論
人は生まれ持った能力以外の能力は習得するのが難しい。
誰もが習得可能なものは、例えば言語とかがありますが、運動能力など遺伝的に優れている人をそうでない人が超えることは難しい。
ただ、運動は目に見えやすいが、性格や好き嫌いに始まり、脳内の能力もおおよそ遺伝的に決まっていると思います。
よって努力によって人は変われないと思っています。怠け者の遺伝子は、頑張るほどストレスを抱えてしまう。努力で伸びる人は、もともと遺伝的にそこに長けてると感じます

むしろありのままの自分の延長線(いいところのみを伸ばす)が、ストレスのない成長と自信につながると思っています。
私には、同じことを黙々と続けることは向いていないようです。

宇宙
これを話すと他の会話がすべて終わると言われていますが、、、
やはり私達は広大な宇宙に存在する無数の銀河の中の一つ、そこにさらに無数に存在する星の中の太陽を回る恒星の一つに暮らしています。
時間的にも宇宙の歴史から見れば人間の一生もわずかな時間です。
今いる人々も100年経てば全滅です。(次の世代ですね)
そんな中で、巨大ブラックホールや、クエーサー、パルサー(Wikiとかで調べてくてください。)なんかの存在を想像してみてください。
パルサーなんかは1秒間に数百回転(自転)するものもある。角運動量保存則があるとしても半端ない。本当にすごい。
宇宙の中であまりに小さい僕たちは、そこからさらに細かいことにこだわらず、好きに生きたらいいんだと思います。宇宙にはまったく影響を及ぼしません。

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